ヤクルト館山昌平が2019年で引退!引退後の仕事や活動や引退理由は?

ヤクルトの館山昌平投手が引退をされることで話題になっていますね。
館山昌平投手は、「松坂世代」と呼ばれる世代の投手で最多勝も獲得したことがあるような凄い投手ですね。

館山昌平投手の引退後の仕事や引退理由などについても注目が集まっているので取り上げていきたいと思います。

ヤクルト館山昌平が引2019年で引退!引退後の仕事や活動や引退理由は?

館山昌平投手が引退を決意された最大の理由は、度重なるケガのようです。

館山昌平投手は凄くケガが多いピッチャーとして有名で、プロに入ってから9回もケガをされたことを知っている方も多いと思います。

館山昌平投手はもう38歳ですし、年齢を重ねると共に疲れが取れにくくなってきてケガもしやすくなるので、館山昌平投手も限界だと感じたのかもしれませんね。

アスリートにケガはつきものですが、ケガをしないように努めるのも仕事の一つでしょうね。

館山昌平投手の引退後についても注目が集まっていますが、コーチなど指導者の道に進むのではないかと言われています。

館山昌平投手ほどの実績と経験があれば、指導して欲しいと思う若手選手も多いと思います。

ただ、館山昌平投手や球団から正式な発表は無いので、また発表があり次第公表していきたいと思います。

館山昌平投手の引退に対する世の中の声は?

館山昌平投手の引退に対して世の中の声は、

「館山引退か…。
寂しいな…。
怪我さえなければな…。
何故かピッチングよりホームランの方が記憶に残ってるけど…。」
「畠山と館山引退マジか…この画像の2人がともに巣立つのは悲しいけどしゃーない😭👋」
「館山も引退か…、ハタケの引退発表されてから嫌な予感はしてたけど…。
こればかりは仕方ないことだけど2人ともすごい好きな選手だったからとても残念
今日は悪夢みたいな日だ😭😭」
「館山さんには初勝利した日にご飯へ連れていっていただきました。

後輩思いの館山さん。

本当にありがとうございました。」

などがありました。
館山昌平投手はヤクルトで長年活躍をされた選手ですので、やはり残念がっているファンの方が多かったです。

館山昌平のプロフィールや経歴

プロフィール

出身地 神奈川県厚木市
生年月日 1981年3月17日(38歳)
身長 181cm
体重 98kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2002年 ドラフト3巡目
初出場 2003年7月20日
年俸 2,400万円(2019年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
日本大学藤沢高等学校
日本大学
ヤクルトスワローズ
東京ヤクルトスワローズ (2003 – )

館山昌平投手は小学生の時に野球を始められました。
高校は、日大藤沢高に行かれ、横浜高校で活躍されていた松坂大輔投手と投げ合いもされていました。

高校を卒業された後は東都の日大に進学されました。リーグ戦通算成績は36試合に登板し8勝6敗、防御率2.24です。

日本代表にも選ばれるなどプロから注目されるようなピッチャーでした。

大学卒業後は、ドラフト3巡目でヤクルトに指名され入団されました。

2008年に頭角を表し、にシーズンを通して先発ローテーション入りを果たされました。

12勝で防御率2.99を上げ、初のタイトルとなる最優秀防御率を獲得されました。

2009年は自身最多の16勝を挙げセリーグ最多勝のタイトルを獲得されました。

そして誰もが認めるヤクルトの右のエースとなり、2011年には防御率2.11という驚異的な数字もたたき出されました。

まとめ

アスリートはどんな選手でも老化と向き合う時期が来ますし、いつかは引退する時を迎えますね。

競技生活は限られていますし、悔いが残らないように一日一日を大切に過ごすことが大切でしょうね。

アスリートは引退してからの人生の方が長いですし、引退してからの生き方も後輩の手本になるような生き方をしていただきたいですね。

館山昌平投手の引退後についてまた新しい情報が出てきたら取り上げていきたいと思います。
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